思想ゼミ特別編『政治的省察–政治の根底にあるもの』出版イベント2日目が終了しました。著者の宇野邦一さん、トークゲストに立岩真也さん。やや専門領域が異なるお二人ですが、それゆえか寄り添いながらも馴れ合わない、良い意味で緊張感のある対談となりました。以下、ごくかいつまんでその内容を記しておきたいと思います。
「持てる人と持たざる人とがいて、それをどう考えるか、かわりに何を考えるか」という問いが出発点にある、と冒頭に語る立岩さん。周知のように立岩さんの初期の重要な著書『私的所有論』は「所有」をめぐる徹底した論考であり、その後の多くの著作もそのヴァリエーションとして読むことができます。肩書きは(社会学)となっていることが多いのですが、その緻密な思考は紛れもなく哲学でもあり、政治学でもあります。
『政治的省察』の115ページ〜「廃絶のプログラム」は主にレーニンに関する論考です。「国家が廃絶され、各人が能力に応じて働き、欲望に応じて受けとるという社会(p117)」とはレーニン(あるいはマルクス・エンゲルス)の主要なテーゼです。立岩さんは、注意深く言葉を選びながら、各人が能力に応じて働き、欲望に応じて受け取る社会の構想に同意しながらも、政治や国家は最小限やはり必要、と語ります。いま現在の政治の状況は「つまらない」が、「あっていい政治があるはず、それはどんな政治か」と問いかけます。
そもそも政治って何なのか。政治はどこにあるのか。そのように根底から問い直す『政治的省察』のいくつかの章はアレントを下敷きに書かれていますが、そのアレントが論じた複数性や公共性がヒントになるのかも、と宇野さん。p326〜327あたりに、ヨーロッパの立憲主義は権力を原理的に悪とみなす一方で、合衆国の憲法設立の思想はそうではない、というくだりがあります。「特に独立期のアメリカにとっては、すでにヨーロッパの教会や王の歴史的権力とは遠い空間に新しい権力を創設することが問題であった。その権力が複数性として、たがいに抑制しあい、公共性の力を促進し持続することがめざされていた。」レーニンらとちがい、国家を単なる悪と必ずしも見做さない、ということでしょうか。
前回の齋藤純一さんとの対談の際と同様、話はフーコーの生政治に移っていきます。フランス現代思想とは一定の距離をとってきたという立岩さん曰く「フーコーの生政治を現場でちゃんと考えること、身体をめぐる政治を、人々の具体的な生がどうなっているかをみること。それが自身の仕事」。「ポストモダン的な言説に依拠せずに、例えば1970年代のマイナーな社会運動からモダンを批判することが可能だし、もっと素朴な言葉で批判しうる。」そうした姿勢から書かれているのが近著の『不如意の身体 病障害とある生』や『病者障害者の戦後 生政治点描』だといいます。確かにこれらの著作で描かれているのは、具体的な「持たざる人」です。ときに否しばしば政治の外部に置いてきぼりにされる病者・障害者の生。それはロールズのような古典的な正義論からも除外されてしまうような生でもあります。
話はさらにベケットの方へ。宇野さんは『政治的省察』を書いている間に、ベケットの新訳も同時進行、2冊目になる『マロウン死す』がこの夏、発売されたばかりです。立岩さんからは「アレントとベケットはどう関わるのか」と質問。無為であること、無能であること、何も起こらないこと。ベケットの文学は何も語らないかのようにみえます。他方でアレントは雄弁な政治学者。辻褄が合っているのかどうなのか。ベケット文学は無為を徹底して描写することでそれを社会批判につなげたのでは、と宇野さん。鬱病であり精神分析も受けていたベケットの書いた小説は、いま風にいえば、ひきこもり文学(の金字塔!)です。そこには何か別の政治の契機があるのかも?とは立岩さん。筆者からすると、いわゆる正義論から除外されている・除外せざるをえないのがまさにベケットやアルトーらの言わば例外的な言説、あるいは一種のノイズなのかとも思えてきます。
ほかにもまだまだ興味の尽きない議論があったのですが、きりがないのでこのくらいにとどめておきます。最後に、次回9/14のトークゲストである高橋悠治さんが会場に参加、鋭い問題提起をされました。古来、どんな共同体にも病者・障害者をケアする仕組みがあった、といいます。そこにはケアする義務も権利も自明のものとしてあったわけではなかった。そのような言葉がなくともケアがあった。義務や権利とか個などと言い出すのは近代のことで、そうでないとケアできないことになってしまった、といいます。そう言わずに何ができるか。そう言わないでも動いていくネットワークの可能性があるのではないか、というのです。それは政治と言わずとも政治が機能するような共同体と言い換えてみてもいいのかもしれません。議論は尽きません。次回の対談イベント最終回は、この続きから始まるのかどうかは分かりませんが、期待大。ご予約はこちらから。
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